(YAHOOニュース)

(松浦達也)

シェフや精肉業界の人々と話していると「日本には肉の焼き方、食べ方がなかなか浸透しない」というような話になることがある。いろんな理由が語られるが、結局のところ理由は「肉体験の不足」という話に着地することが多い。

日本人は天武天皇の675年の肉食禁止令から明治維新までの間のおよそ約1200年間、(少なくとも表向きは)肉を食べてこなかった。それ故、肉焼きの技術も肉食の経験も不足していた。どういう肉がおいしく、どう焼けば肉はおいしくなるのか、その経験値が蓄積されてこなかったのだ。

この10年ほどで日本の飲食店における肉焼きは急速に進歩している。短期間でブームを消費し、次のトレンドへと展開することで、肉の味わいも多彩になってきた。それでもまだ海外の「肉食ネイティブ」との間に差を痛感させられることがある。

数年前、パークハイアット東京のニューヨークグリル総料理長(当時)だったフェデリコというシェフと肉焼きの話になったことがある。

一時期、僕は友人たちと200名以上が参加するバーベキューを開催していて、毎回肉を80kg以上仕入れていた。ところがフェデリコは「200人でたった80kg? 俺たちなら200kg焼くぜ」「だいたいアルゼンチンは人口より牛のほうが多いんだ」「アルゼンチンの人口は4000万人、牛は5000万頭!」と(よくわからないながらも)アツくお国自慢をし始めた。フェデリコは肉焼きと肉食にたいへんな誇りを持っていた。

昨年(一部ではあるが)アルゼンチン牛の日本への輸入が解禁され、今年、スーパーの店頭にも並ぶようになった。2017年の「牛飼育数国別ランキング」で見ると、アルゼンチンの牛飼育数は世界6位で5335万頭(人口は4427万人)。確かに人より牛のほうが多い。

 

他の牛飼育大国を見てみると、1位はシュラスコの国、ブラジルで2億1490万頭。2位は牛輸出国では世界一のインドが1億8510万頭。おなじみのアメリカは9371万頭で3位にお目見えする。

ちなみに日本は何位かというと64位。頭数も382万頭で、上位国とは比べるべくもない。

世界市場で先行する外国産「Wagyu」

近年、日本の和牛を高級食材として世界に売り込もうという動きがある。本格的な取り組みが始まってからまだ年月が浅いこともあり、輸出量・金額ともには右肩上がり。しかし楽観視ばかりはしていられない。実は日本に先駆けて、アメリカやオーストラリアの「Wagyu」が世界のマーケットには進出している。

米豪のアルファベット「Wagyu」とは何か。実は1990年代に日本の和牛の血統が海外に流出し、アメリカやオーストラリアなどで肥育されている。世界市場ではその血統を引く牛が「Wagyu」ブランドで先行している。

本家「和牛」とはいえ、すでに「Wagyu」というブランドが先行する市場に打って出る難しさはある。それでも「和牛」ブランドを最大限に活用し、「A5」に象徴される高級和牛を海外に輸出していこう。これは国の方針でもある。

日本の生産物が海外で評価されるとすれば単純にうれしいことではあるが、国内で高値で取引される「A5」をそのまま海外に輸出して受け入れられるのだろうか――。

実は肉の嗜好について、牛肉先進国と日本の間には違いがある。輸出国のインドは別として、1位のブラジル、3位のアメリカはじめ、肉食の歴史の長い上位国では、赤身の味がしっかりしたものが好まれる傾向がある。さらに言えば、霜降り好きの日本や中国を除くほぼ全世界で「赤身肉の味」が「肉の味」だと認識されている。

実際『ステーキ! 世界の牛肉を探す旅』の著者、マーク・シャッカーは和牛のステーキを指して「ステーキではない。どちらかというとフォアグラだ」と評しているし、牛肉レシピ本『プライム・ザ・ビーフ・クックブック』の著者、リチャード・ターナーも「食べると味わいが頭全体に広がるがすぐ消える」と自分の嗜好に合っていないと明言している。

日本においてさえ、過剰な霜降りは敬遠される傾向にある。1988年に現在の格付け制度が導入された頃、和牛の粗脂肪量は23%だったが、2009年に発表された学術論文で、百貨店店頭で売られていた「和牛サーロイン」の脂肪量を調べたところ、粗脂肪含量が69%の肉が店頭に並んでいたという。20年間で実に3倍。しかも「一般消費者による官能評価では明らかに好まれていなかった」という。芝浦のベテラン卸に話を聞いても「この30年で脂肪交雑は倍以上になった」という。日本の牛肉は、近年、極端とも言えるガラパゴス的な”進化”をしてしまったのだ。

和牛がガラパゴス的進化をした理由

いい悪いは別として、なぜ日本の肉食文化は独自の”進化”をしてしまったのか。そこには次のような流れがあると考えられる。

1.明治時代に定着した牛肉食のあり方

2.特定の霜降り牛への横並び的評価

3.1988年に施行された現代の格付制度への誤解

近年、日本でも塊肉や分厚いステーキを焼く文化がようやく浸透しつつあるが、明治以来、日本人にとっての牛肉食と言えばすき焼きだった。薄切りの肉を甘辛く焼きつけ、野菜などとともに食べるこの食べ方は、明治維新の頃「牛鍋」として日本人の間に定着。大正時代の頃から呼称は「すき焼き」に変わったが、薄切り肉をいかにおいしく食べるかがこの料理の眼目なのは変わらない。

肥育技術の違いを考えると、当時の牛肉は現代の和牛よりも、サシが少なく硬かったはずだ。そうした肉を凄腕の料理人ではなく、仲居や客自身が焼く。肉は焼けば硬くなる。食べやすくするために、肉を薄く切るようになるのは必然だった。

では、薄切りをすき焼きにしておいしくなるのはどんな肉か。すき焼きのようにある程度肉に火を入れる場合、小ザシ――きめ細かい脂肪交雑の入った肉のほうが多汁性があり、肉もやわらかくなる。現代に至るまでそうした血統の黒毛和牛が珍重され、選抜されてきた。結果、最上の和牛に「箸で切れるようなやわらかさ」という枕詞がつけられるようになった。

和牛は第二次世界大戦のさなかにつくられた

その傾向を決定づけたのが但馬牛の「田尻」である。「和牛」が日本固有の品種として固定された1944(昭和19)年頃に活躍した牛で、小ザシの入りやすい形質が種雄牛として人気となった。自然交配がほとんどだった戦中、戦後にして、1500頭近い子牛を残した。2012年の全国和牛登録協会の調査では黒毛和種の繁殖雌の99.9%以上に「田尻」の血が入っていたという。

そして決定的だったのが1988年に施行された現在の格付け制度である。1991年に控えた牛肉の輸入自由化を前に、事実上サシに重きを置いた5~1の肉質等級と、A~Cの歩留まり等級からなる食肉の格付けが導入された。海外の牛肉とは異なる特徴である「サシ」を基準にすることで和牛の価値を高く保ち、輸入牛との差別化を図りたい。「A5」的思想の始まりである。

生産者は牛を高く売りたい。当然、格付けにおける最高の「A5」を目指した肥育を行う。サシを入れるための肥育技術は進化し、徐々にサシは多くなっていく。近年の遺伝学では、後天的に獲得した形質もまた次世代に継承されるという論が主流になりつつある。サシの多い牛の形質は、次世代へと継承を繰り返すことになる。

格付等級は味を表すものではない

本来、格付等級は市場のプロ同士の売買の目安となる指標であり、味の指標ではない。プロ同士の取引指標ならば、3:1だった赤身:脂肪の比率が1:2に逆転したとしても、売り手と買い手の思惑が合致すれば取引は成立する。脂肪交雑と「味」の基準はまた別……のはずなのだが、いつからか格付けは肉の味を表す意味かのような誤解をされるようになり、「うまい肉→価値がある→高い」となるはずの値付けは「(サシの多い)高い肉→価値がある→うまいはず」という逆説的な公式のようなものが確立された。

海外展開を視野に入れるなら、より赤身を重視したグレードがあっていい。例えば「脂肪含量30%±3%」を基準として、そこから日本酒度のように脂肪含量をプラスいくつ、マイナスいくつという指標のような形で肉の特徴を表す。「サシが多いほどいい肉」という思想からの脱却が必要だ。

「A5」に拘泥することなく、世界で好まれる肉の基準とマーケットを、輸出に携わる畜産関係者が共有する。日本の和牛は世界基準では「特異」であることを認識して戦略を立てる。サシの入った黒毛和牛を海外にどう届けるか。日本独自の調理手法――黒毛和牛を薄切りにしたすき焼きやしゃぶしゃぶを、鮨やラーメンのようにパッケージで丸ごと提案する手法はないか。格付けからカットの仕方、料理まで、「和牛」の届け方にはまだ工夫の余地はあるはずだ。それは国内の一般消費者に向けた、情報の届け方にも通底する。

投稿者 荒尾保一