(日本経済新聞 コルドバにて外山尚之)

通貨の下落やインフレが止まらず、アルゼンチン経済が苦境に陥っている。批判の矢面に立つのは経済改革を掲げ2015年に就任したマクリ大統領だ。鎖国状態だったアルゼンチンを開放し、資源や農畜産物に依存した経済構造を変える――。こうした壮大な計画は通貨急落により、絵に描いた餅になりつつある。開放政策の要として期待されていた自動車産業は現在、マクリ政権の苦境を映す。

フィアットの工場で抗議する人(4月25日、コルドバ)

フィアットの工場で抗議する人(4月25日、コルドバ)

アルゼンチン第2の都市、コルドバ。イエズス会伝道所などの世界遺産で知られるが、中心部から自動車で10分も走ると工場が並ぶ工業都市としての顔を見せる。中心となるのは自動車産業だ。欧米フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)や仏ルノー、独フォルクスワーゲン(VW)など欧州メーカーが工場を構え、部品メーカーも点在する。アルゼンチン経済復活の象徴だったコルドバは現在、自動車産業の衰退という危機に直面している。

「政府から支援を受けておいて、都合が悪くなったらすぐに解雇か」。夕方、小雨が降りしきる中、フィアットの工場の前では、数十人の人々が抗議活動を行っていた。「フィアットは詐欺師」と書かれた看板を掲げるロドリゴ・キニャレスさんは「景気が悪くなるといつもこうだ」と吐き捨てる。

■減る稼働日数

1年間で通貨の価値が半減し、年率54%に達する高インフレがアルゼンチンの自動車産業を直撃している。3月までの自動車販売台数は前年同期比49.5%のマイナス。輸出で補っているとはいえ、生産台数は30%減の状況だ。フィアットやルノーは稼働日数を落とし、早期退職も募集する。

3年前、同工場は歓声に包まれていた。FCAの故セルジオ・マルキオーネ前最高経営責任者(CEO)がマクリ氏と登壇し、5億ドル(約560億円)の投資を発表したからだ。マルキオーネ氏は「輸出用の新モデルの生産を始める」と宣言した。

アルゼンチンの自動車産業に期待をかけたのはFCAだけではない。16年から17年にかけ、日産自動車やVW、米ゼネラル・モーターズ(GM)といった世界大手が相次ぎ投資を発表した。マクリ氏は17年、自動車生産台数を100万台と、現在の2倍以上に増やす目標を掲げた。税制優遇策も導入し、部品メーカーも含めた自動車産業を外貨獲得と雇用の受け皿に育てる狙いだった。

工業団地への進出企業を募集する看板(4月25日、コルドバ)

工業団地への進出企業を募集する看板(4月25日、コルドバ)

しかし、18年4月に始まった通貨急落が全てを狂わせた。アルゼンチンの自動車産業は多くを輸入に頼る。強固なサプライチェーンを構築しているトヨタ自動車ですら、エンジンや電子部品などの基幹部品は輸入に頼っており、価格ベースの現地調達率は36~37%程度しかない。通貨安はコスト要因となる。

より深刻なのは部品メーカーだ。アルゼンチン部品工業会は4月24日、ルノーが優越的地位を乱用し、通貨安のコスト上昇分を押しつけたと独禁法当局に訴えた。増産に備えて投資をしていた企業も多く、政策金利が60%を超える中、中小企業の廃業も相次ぐ。一時は海外の部品メーカーからの問い合わせや視察が相次いでいたという工業団地には、進出企業を募集する看板が薄汚れたままかかっていた。

「IMFは出て行け」などと落書きされた銅像(4月25日、コルドバ)

「IMFは出て行け」などと落書きされた銅像(4月25日、コルドバ)

自動車産業の衰退はコルドバに負の影響を及ぼす。町の中心部にある、人材紹介会社バイトンの店舗では社員が暇そうにパソコンをのぞいていた。ジャニネ・ピエトリさんは「求人がほとんどないから、応募する人もいない」とこぼす。タクシーの運転手は失業率の増加により、治安も悪化したと嘆く。町の銅像にはスプレーによる落書きが目立った。

通貨ペソが下げ止まらず、過去最安値を更新する中、マクリ氏は4月25日、「我々は世界中の国や指導者から支持を受けている」と述べ、「我々は正しい道を歩んでいる」と繰り返したが、こうした言葉はアルゼンチン国民に届いていない。10月の大統領選に向け、マクリ氏の支持率は低迷が続く。左派政権の復権も現実味を帯びており、アルゼンチンの自動車産業は試練の時を迎えている。

投稿者 荒尾保一